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zoom RSS 小野照崎神社に参拝

<<   作成日時 : 2018/07/01 19:08   >>

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暑い。
関東地方、早くも6月末に梅雨明け。

6/30(土)、暑いのと胃の調子がすこぶる悪く、
夏越しにも関わらず家でじっとしている。

7/1(日)、相変わらず暑い。
胃の調子もイマイチ。
肩もちょっと重い。
とはいえ、あちらこちらで夏詣。
ここは、老体(?)に鞭打って汗をかけば体調も戻らんと、
台東区に鎮座する小野照崎神社を目指して、
ほぼ正午に旅立った。

山ノ手線鶯谷駅で下車、
猛暑の中、言問通りを歩き、
ほどなく小野照崎神社の南側の鳥居に到着。
おっ、予想はしていたが、
それをはるかに上回る人、人、人。

というのも、今日は昨日と合わせてお山開き。
年に二日間だけ、境内の富士塚への登拝ができる上に、
お山開きの御朱印を受けられる。
さらに1日、15日は月次祭であり、限定御朱印を配布。

境内の人混みを潜り抜け、
まずは西側の鳥居も潜り抜ける。
そして、茅の輪くぐりである。
ここでもちょっと行列。

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普通はそのまま拝殿に一直線であるが、
拝殿参拝の列に並び直す。

さて、ここ小野照崎神社。
御祭神は、平安初期の漢学者・歌人として有名な小野篁。
篁、上野国司の任期を終え帰洛の途についた際、
上野照崎(忍岡、現在の上野公園付近)の風光を賞した。
仁寿2年(852年)、篁が亡くなりし折、
この照崎の住民が小野照ア大明神と祀ったのが起源。
寛永2年(1625年)、忍岡に東叡山寛永寺を創建するにあたり、
長左衛門稲荷社が鎮座していた現在地に遷した、
故に境内社の長左衛門稲荷である。
現在の社殿は、慶応2年(1866)築。
関東大震災や東京大空襲などを乗り越えてきている。
さらに、菅原道真公が江戸時代末期に相殿に合祀。
江戸二十五天神の一つという。二十五、多すぎ。

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小野篁といえば、
その生涯を清貧に生きた「誠の神」、
国の中枢でその才を発揮した「学問の神」、
漢詩その他で平安文化の礎となった「芸能の神」。
さらに「学問の神」である菅原道真公。
我が身の栄達を臨むにまさに相応しい神様。
身を律しよと参拝。

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次いで、年2日間限定のお山(富士浅間神社)を攻める。
こちらもやや混雑の中、頂上に。
軽く見ていたが、結構登りごたえのある富士である。
下りでは神社の方が手助けしてくれる。

境内社である、稲荷神社・織姫神社、
御嶽神社・三峯神社・琴平神社にも参拝。

ここで、御朱印受付の列に並ぶ。
ミーハーと思われたくないが、致し方なし。
ようやく受付終了、チョイと小腹を満たしに近所のファミマに。
境内に帰還後も結構待ってようよう御朱印拝受。
お山開きと神社の2つをお願いしたつもりが、
お山開きしか伝わっていなかったようだ。
まあ、神社の御朱印は次回、
落ち着いて参拝した時に受けよう。

普段であれば、
都会の中にひっそり佇む古い社殿を中心に
境内を楽しむところである。
それが、このように喧騒な日に訪れるとは、
私としてはちょっと調子に乗り過ぎた。
とはいっても、お山に登れる日は限られているし…

というわけで、今日はこれだけでヘトヘト。
帰路、一杯二杯とひっかけてしまい、
ほろ酔い気分で帰宅するのであった。
あれ、胃も肩も治ったかな。

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