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zoom RSS 福島紀行(2.白河の関と白河神社)

<<   作成日時 : 2017/08/16 00:07   >>

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念のために観光案内所で、
白河の関への交通を確認する。
下調べ通りに10時10分発。
ちなみに、これを逃すと3時間半も次のバスが来ない。
恐るべし、白河の関。

混雑して立つことはまずないだろうと
(新白河駅始発の)バスを待つ。
来た来た、おっと乗客は誰もいない。
途中でも誰も乗ってこない。
まあ、こんな調子だから、1日2本なのだろう。
貸切り状態で約30分、白河の関に到着。

まずは、白河関の森公園をちらっとかすめ、
森の裏手から白河の関(入口?)方面に向かう。
ところでここ白河の関(跡だけど)、
7、8世紀ころには存在、機能していたらしい。
10世紀に入ると律令国家の崩壊とともにその機能は失われ、
歌枕としての「白河の関」が残ったようだ。
点在する歌碑、私も老後に向けて歌を勉強しようか。

ところで、歌に残る白河の関、
江戸時代後期まではその存在位置が不明であったが、
かの松平定信公の考証により、
この地と断定された由。
さすが英邁な定信公である。

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鳥居をぬけ参道(階段)には、
左手に矢立の松(跡、源義経ゆかり)、
右手に須美能榮神社(ホムスビ、ナカツツオ、ミズハノメの各命)、
さらに国津神社(オオクニヌシ)などを経て、
延喜式内社の幟がはためく拝殿に到着。
ちなみに、延喜式内白河神社の論社として、
この白河神社と、朝に訪れた白河鹿嶋神社があるらしい。

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第13代成務天王の御世の135年、
白河国造命(鹽伊乃自直命、シオイジノアタイノミコト)と
天太玉命を奉祀、後に住吉(中筒男命)、
玉津島明神(衣通姫命)を祀った由。
古の白河の関に想いを巡らせ参拝。
白河神社社務所編の
芭蕉の足跡「奥のほそ道」詳譜を求める。
歌が理解できるとさぞ楽しかろう。

合同7社、八雲神社、稲荷神社など
点在する境内社にも参拝。
空堀跡、土塁跡、
従二位の杉(堂々たる枝振りが見事)、
旗立の桜(源義経ゆかり)、幌掛の楓(源義家ゆかり)、
古関蹟の碑(定信公ゆかり)など見どころ、名所満載。

社務所に立ち寄ったら、
ちょうど神職さんがやってきて、
「いやあ、開けるのが遅くなっちゃって」
と、兼務社に行っていたようだ。
神社の維持も大変そうで、苦労話を聞かせていただく。
手書きの御朱印を受け、
白河関の森公園を本格的に周る。

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といっても、水車小屋、江戸の関所、
ふるさとの家などを一巡りして終わり。
あじさいが所々まだ咲いていて、目を潤す。

で、この時点で12時くらい。
帰路である。
実は、バスは15時16分までない。
一つ前のバスが11時31分。
大急ぎで神社中心に見学して、これに乗ればよかったか。
でも、それでは味気ない。
というわけで、既定路線で歩く。
目指すは、南湖公園、というか南湖神社。
いざ出発。

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